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宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(1) - 御木元玲(よろこびの歌)

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これから暫く、宮下奈都さんの「よろこびの歌」の感想を書いていきます。「羊と鋼の森」が沢山の人に読まれて、他の作品も気になっている方がいたら、個人的にオススメです。

高校が舞台の合唱をテーマにした物語で、何処か迷いや諦めを抱えた少女たちの成長が描かれていて、暖かいです。

目次

 

 よろこびの歌

6人の視点

「よろこびの歌」は、高校2年生の女子生徒たちの不安や迷い、才能と諦めなどを6人の視点から描いています。御木元玲、原千夏、中溝早希、牧野史香、里中佳子、佐々木ひかり。物語は30頁ほどの短編が7作で、最初と最後が御木元玲の視点になっているので、彼女が実質主人公みたいな感じです。

 

宮下奈都さんの小説は、今まで読んだものは全て一人称で描かれていて、読むたびに思うのは「どうしてこんなに色んな人の心を描けるのだろう」と言うこと。特に、この作品なんかは、年齢と性別こそ同じなものの、全く違う人格の6人の高校生を一人称で描き分けていて、こんなに他人の事を考えられるものなんだ、と思ってしまう。

 

自分は、中々他の人のことまで考えられない事が多くて、多分それは「他人への興味」みたいなことだと思うけれど、宮下奈都さんの他人の事を考えて、想像する力に圧倒される。

 

互いのこと

 それと、この作品は短編が7作で繋がっていて、視点を変えながら時系列が少しずつ進んでいって、最後に一つに繋がる、と言う感じの構成。

 

自分がこの作品で一番好きな部分が、「お互いがお互いを見る目」の描き方。

 

一人称で描かれているので、文章の大半が主人公のモノローグになっていて、彼女がどう考えて、何を感じて、行動しているのかが分かるのだけど、他の主人公の視点から見ると、また違う風に見えてくる。例えば、御木元玲は後に出てくる原千夏に対して、自分には無い才能があって、彼女には勝てないとすら思っている。だけど、原千夏の視点では、御木元玲と比べると自分には何も無い、比べる事すらおこがましい位に思っていたりする。

 

他の主人公たちも同様で、互いが互いに色んな事を思っていて、口には出していないけれど、自分の見ているものと相手の見ているものが全然違っていたりする。そこが凄く素敵で、好き。

 

そういえば、最近のアニメで「あなたは私の見ているあなたの事を何も知らない」見たいな事を言ってたシーンがあって、それと同じ感じだなと思いました。

 

御木元玲

声楽を志ていたが、音大の附属高校に落ちて、何処でもいいからなるべく知り合いの居ない所、という理由で今の明泉高校に入学する。親はプロのバイオリニスト。

 

仮面と諦め 自分の眼鏡

私が学校に期待をしなかったせいで、高校生活は楽だった。学校も私に期待をしていない。期待もなければ、憧れも、よろこびも、喧噪も、ずっと遠くのほうで起きていて、私には関わりのないことのように思えた。

 音大の附属高校に落ちたことで、玲は自分の全てを否定されたような気持ちになる。母の才能と、自分の持っている才能は違った。だから、高校生活には何も期待しないし、何も返って来なくていい。

 

自分を直視するのがつらかった。受験する前までのように音楽をただ楽しく聴いたり歌ったり奏でたりすることはもうないだろう。かといって、他に何をすればいいのかわからない。それで自室でなんとなく雑誌をめくったりしている。これは仮の姿だ、と自分に言い聞かせながら。それではいつ「仮」を返上するのか、ほんとうの姿とはどんな姿なのか、もちろん何の見通しもなかった。

 宮下奈都さんの描く主人公たちは、誰も彼も何かを諦めている。諦めて、すぐに次へ進めるのなら素晴らしい事だ。だけど、玲は諦めた後、自分がどうすればいいのか分からない。

 

明泉に来る子たちは望まないのではなく、望めないのではないかと私は考えている。ちょうど私がそうであるように、多くのことをあきらめてしまってここにいる。

 酷い決めつけにも見えるけれど、「自分がそうだから、きっと皆もそうだろう」と、諦めの眼鏡をかけてまわりを見るようになってしまう。

 

このまま終われ。私はどうしたらいい?時間よ過ぎ去れ。ここは私の居場所じゃない。

 

合唱コンクール

物語の一つの節目として、合唱コンクールがある。節目であって、メインではないのがポイント。何故なら、合唱コンクール自体の描写は、準備まで含めて10頁ほどで終了する。

 

合唱コンクール自体が素晴らしい物語として描かれている訳じゃないけれど、それを通して6人の物語が交差していく。

 

例えば、この合唱コンクールを通して皆が成長していくような物語にも、しようと思えば出来た筈で。だけど、それ自体はあまり良い事として描かずに、それをきっかけとして起こる色んなことが物語になっている。そこがすごく好きで、無駄だと思ってたことが、思い返すと全ての始まりだった、みたいな感じがして良い。

 

それが全ての始まりになり得たのは、玲が出来ないながらも本気で合唱コンクールに取り組んだからで、その時にはまだ色んな事を動かせなくても、確実にそれは響いていて、後で大きな音になって沢山の事を動かしていく。

 

音楽が好きなんだ

 —好きだから。歌が、合唱が、好きだから。浮かんでこようとする答を無理やり閉じ込めて蓋をする。好きなだけじゃ駄目なのだ。才能がなければ結局はみじめな思いをすることになる。

 玲は高校に落ちて以来、音楽が幾ら好きでも、才能が無ければ意味がないと思う様になる。音楽は勝ち負けじゃないと言いながら、勝つためには真剣に練習しないといけなくて、だけど、どうしたら自分も皆も、音楽を、歌を、合唱を楽しめるのかが分からない。

 

そんな玲が、物語の終盤で自分の考え違いに気が付く。その時に見えた微かな光が、「よろこびの歌」の7つ目の物語、もう一つの、玲が主人公の物語へ繋がっていく。

 

7つの物語。7曲のミニアルバムの、最初の曲の様な。微かな光を放って消えていくような。そんな物語。ここから、他の5人へ視点が切り替わっていく。

 

 続きます。

・宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(2) - 原千夏(カレーうどん)

 

それでは。