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あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(5) - 里中佳子(バームクーヘン)

 

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宮下奈都さんの「よろこびの歌」の感想、5話目です。

いつも通りネタバレ気味でいきます。今回は短めになると思います。

目次

 

里中佳子

いろんな形

次の6話目も含めて、佳子が一番普通の(様に見える)人だ。逆に、この物語の中では一番普通じゃないとも言える。何かがあったか無かったかは別として、これまでの4人みたいな何かを諦めてきた過去が描かれていないし、明泉女子高校に入った理由も特に描かれていない。あるのは、地下シェルターへのモヤモヤと、自分自身へのモヤモヤくらい。

 

今まで出て来た少女たちのインパクトが強かったせいで麻痺しそうになるけれど、特に自分に大きな諦めとか、失くしたものとか、そういうのが無い、或いは特に感じていない子がいても、それで良い。これから先にあるのかもしれないし、無いのかもしれない。どちらにせよ、そう言う人にも今現在、目の前はモヤモヤがあって、比べられるものじゃない。

 

玲は特別な人だ。それは間違いがない。でも、特別というなら、あやちゃんもボーズもひかりも千夏も―きっと私も特別だ。みんなそれぞれ特別な形をしている。

 「玲は特別な人だ」と佳子は思う。その後で、補足するように誰もが特別だと。だけど、ここまでの物語を見ていたら、誰かが特別だとさえ思わなくなる。皆、何かを諦めたり、受け入れたりしながら生きている。描かれていないだけで、佳子にもそれはあるのだろうし、それが普通で、特別なことだ。

 

感覚

ここからは、この話の感想では無くなるのだけど、最初の方で「どうしてこんなに色んな人の心を描けるのだろう」みたいな事を書いた記憶がある。多分。

 

今日歩いている時に、「ああ、そうか」と腑に落ちる事があった。「よろこびの歌」を最初に読み終えた時に、「自分は誰に一番似ているだろう?」と考えた。一番、気持ちの良く分かる人はいる。だけど、その他の5人の抱えている感覚は分かる。だから、きっと宮下奈都さんも、自分の中にある小さな、細かい色んな感覚を頼りに、少しずつ大きく成長させて一人の人物にしているのかな、と思った。色んな小さな諦めの形に色んなものをくっつけて大きくしていく。

 

例えば、「霊が見える」と言う感覚は想像するしかないけれど、自分にしか分からない感覚は皆持っている気がする。今回は「霊が見える」と言う形で出て来たけれど、例えば「羊と鋼の森」では「公衆電話が許せない」とか、「静かな雨」で「地球の自転に酔う」とか。月が怖い人とか、ハトが怖い人とかもいるらしい。何となく分かるような。

 

霊は見えないけれど、「人には見えないものが見える気がする」と言う感覚なら、自分んもあって、ただ漠然としていて説明ができない。それに、色んな形を与えたうちの一つなのかな、と思った。

 

 

第5話目。今回はちょっと短めです。明日は6話目、書けたら書きます。

 

それでは。

 

 

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

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終わらない歌 (実業之日本社文庫)

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