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宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(6) - 佐々木ひかり(夏なんだな)

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宮下奈都さんの「よろこびの歌」の感想、6話目です。

目次

 

 佐々木ひかり

冬の人

物語の主人公、最後の一人。何となくだけど、ひかりが一番読者に近い様な気がする。

 

春が苦手だ。風がやわらかくなって、たくさんの花が咲き、いつのまにかうきうきと浮かれてしまうような季節は、ひとときの幻だと思う。早く過ぎ去れ、と目をつぶって願う。

 春が苦手。いずれ秋が来て、冬が来るから。それなら、ずっと冬の中にいる方が怯えないで済む。

 

きらりとひかり

「ひかりって名前はどう思う?」

「ひかりもひかりにぴったりの名前だね」

 も、といった。ひかりも、といったのだ。姉はきらりという名前が自分にぴったりだと思っているということだ。しあわせな人だなあとそのきれいな横顔に見入ってしまった。

(中略)

きらきらと何の苦もなく春のきらりを生きている姉を見るたびに、先に生まれなくてよかったとつくづく思う。

 ひかりには6歳年上の姉がいる。美人で眩しくて、春の中にいる様な姉にも、いつか冬が来るのではないかと心配だった。自分は姉の様にきらきらとしていることは出来ないし、出来ないのなら、そこそこ何でも出来る自分が生きていく道は勉強して、安全な道を行くことだと思った。だけど、第一志望の高校に落ちてしまう。それ自体はショックではなく、むしろほっとしていた。自分が春から目を背けていることに違和感を感じ始めていた。

 

クラスメイトたちはみんなかわいかった。新しい制服に袖を通したばかりのはずなのに、もういきいきと女子高校生を体現しているように見えた。まぶしくて、思わず目を細めてしまった。そして、こっそりとため息をついた。みんな、春だ。

 玲とひかりの違いを感じる。ひかりが「みんな、春だ」と思う一方、玲は「明泉に来る子たちは望まないのではなく、望めないのではないか」と考えていた。それもあながち間違っている訳では無いけれど。例えば、それを素直に思えることだけでも特別だと思う。春の中にいたら、春が見えない。

 

御木元玲

明泉に入って御木元さんを初めて見たとき、だからうれしかった。ここにも冬の人がいる、と直感した。(中略)あんなふうに孤立していられるのはただ者ではないだろう。こんな春めいた場所で冬をまとっていられるのには何かきっとわけがある。

千夏とは別の理由で玲を見ていたひかり。ただ者ではないにしろ、孤立していたのは諦めのせいだった。何となく分かる。100%で出来ないなら、0%も80%も同じだと思ってしまうのだろうなと。だから、学校内の合唱コンクールでも、引き受けたら全力でやるしかないし、玲にはそれ以外出来ない。

 

「御木元さんを見てると、自分にはなんにもないんだな、ってつくづく思うよ」

千夏はいい、それからにっこりと笑った。

「それなのに、不思議なんだ、みていたいんだよ。御木元さんにはどんどん進んでいってほしいし、それをずっと見ていたい気持ちになるんだ」

半分くらい、同じ気持ちだ。でもあとの半分では、羨んでいる。春もなく夏も飽きも冬も無視して、歌うことで何の迷いもなく進んでいける御木元玲と、なんにもない私。

まず、千夏が出てきて話すだけで涙腺が緩むので困る。それと、多分誰もが迷う。玲がそうであるように、「この人は迷いなく進めていいな」と素直に思えるような人ほど、きっと人一倍迷っている、それに、何か特別なものを持っている人は、それを持ってることで悩む事になる。玲が才能に諦めを感じた様に。早希が全てを失くしたと思った様に。

 

 夏なんだな

歌が終わっても、まだ光の粒がそこかしこに残っているような感じがする。汗ばむような熱気を逃したくて、窓を開けに立つ。重いサッシを開くと、さっと風が入り込んできた。頬に受ける風が気持ちいい。もうすぐ、春だ。

 爽やかな表現が気持ち良い。霊の見える史香も、玲から光の粒が放たれるようだと言った。自分だから見えるのではなくて、みんなにも見えるのではないかと。

 

そう言えば、中学生の時に合唱コンクールのリーダーをやったことがあった。と言っても、男女2人ずつで、計4人もいたけれど。毎年、合唱コンクールの時期は一時的に声が枯れていた。懐かしい。耳の悪い、補聴器を付けた友人がいて、当然音程は取れないのだけど、声は出していたし、表情は明るかった。あれは確かに音楽だったし、聴こえなくても、彼と一緒に音楽をやっていた。そう思うと、音の並びだけじゃない所にも音楽はある筈で、自分が今探してるのはそれじゃないのだろうか。

 

「あー、ばかにしてるー」

 姉が笑った。そして屈託のない声でいった。

「でもさ、春のあとには、秋の前に、夏が来るんじゃない?」

「いいなあ、おまえたちはこれから夏か」

 それまで黙っていた父が口を挟む。

 これから夏、といわれて一瞬ぽかんとした。考えたこともなかった。春でさえまぶしいのだ。夏なんて私には想像もつかない。

 春と冬だけじゃない。夏が来る。春の人にも、冬の人にも。春の中にいると思っていた姉にだって、当たり前の様に色んな悩みがある。多分、春でも夏でも秋でも、向き合うしかない。何処にいたって迷いは生まれる。

 

 続きます。

・宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(7) - 御木元玲(千年メダル)

 

それでは。