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あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

「楽しい」に捕らわれ過ぎると邪魔になる。

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楽しいことをする、と言うのは大切なことである一方で、その言葉に捕らわれ過ぎるといけないよ、と言う話。

目次

 

楽しい

最近、特にスマホが普及してきた辺りから「楽しい事をする」のが大切だというムードがある。それはあながち間違ってはいなくて、自分が楽しいと思うこと、好きなことなら継続できて、継続出来ることじゃないとレベルを上げるのが難しい。

 

ただ、その楽しいが問題で、恐らく「楽しいことは何?」と聞かれて即答できる人は、そもそも迷うことがない気がする。

 

「楽しい」が独り歩きした結果、逆に「そんなに楽しくない」ことを切り捨ててしまうことも多いと思う。それは結構マズイ。

 

良く考えてみると、自分の感じる「楽しい」「楽しくない」に焦点を当て続けて、それを頼りに何かをするというのは結構危うい。と言うのは、それが楽しくなくなったら、本来やめるべきではないタイミングでも止めてしまうかもしれない。

 

「楽しい」「楽しくない」はある程度気分の上下でも変わってくる。そういう、気分の上下に付き合っていたら何も先に進まない。

 

淡々とやる

ちなみに、ここまで読んで「私はそうは思わない」と言う人は、「楽しい事をする」という表現にしっくり来て居る人なので、そのままでいた方がいいと思う。

 

何かについて「楽しい」「楽しくない」と考えるよりも、「淡々と続けられるかどうか」と考えた方が良い気がする。

 

今までやってきた事を思い返した時に、「何となく続けていたこと」もあれば、「何となくやめてしまったこと」もある。恐らく、どちらも「大好きだった」訳でも無く、「大嫌いだった」訳でもない。ただ、続けられたか、やめてしまったかと言う違いだ。

 

そして、それは結構大きな違いで、続けられないことは向いていない。続けられることは、向いていることだ。淡々と続けていることは、別に楽しいと思わないかもしれないけれど、続けられるのなら「楽しくする工夫」は幾らでも出来る。逆に、続けられないのなら幾ら楽しくする工夫をしたとしても、意味がない。

 

例えば、何となく絵を描くのが好きだけど、特に情熱を持っている訳じゃない、と言う感じの人が居たとする。その人は、既に絵を描くことそのものには向いているのだから、「どうやったらもう少し楽しくなるか」を考えると良い。

 

例えば、一人で描いているだけでなく、Pixivなどの投稿サイトにUPしてみる。描きたいものが決まっていればそれでいいし、決まっていなければ、お気に入りの数等、目標を決めてそれに合った絵を描いてUPしてみる。お絵かきブログを作って、他の人と交流してみる、等。

 

或いは、何となく片付けが好きな人なら、片づけの時間を記録して、最速を目指してみる。「今日の片づけ」とか、「オススメ整理法」みたいなのをまとめて、ブログに書いてみる。等々。

 

それで、何かする時にそれほど感情に捕らわれずに、なるべく淡々とやってみる。淡々とやっていても、工夫している内にちょっと楽しくなってくる。で、楽しく無くなる事もある。それでも、「とりあえず続ける」ことと、「ちょっと楽しくなりそうな方向」を意識して、淡々とやる。

 

で、「もうやりたくないな」と思ったらやめる。

 

人でも物でも、仕事でも何でも、自然と離れていく時はあるらしい。そういう時にあまり無理に引き留めようとせずに、一旦止めてみる。

 

暫くしてまた続けられるようになったらやれば良いし、そうじゃないなら別の事をやればいい。

 

「淡々と続けられること」がポイント。

 

21日間続ければ習慣化されるというけれど、本当にやりたくないこと、向いていないことは21日間続けても習慣化されないように思う。

 

常に情熱的な人、と言うのもたまにはいるかもしれないけれど、多くの人はそうじゃない。だから、そういう人が情熱を燃やすと、一時的に上がってもすぐに下がってくる。

 

だから、いかにそういう感覚にとらわれずに、「これをやる」と決めたことを淡々と出来るかが重要な気がしている。

 

その辺りをもう暫く考えてみる予定。