あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

「ここではないどこか」と物語。問いや迷いを生きること。

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「ここではないどこか」と言う事について考えている。「そもそも、このブログは何で書いているんだろう」何てことを思って、今まで書いた物を思い返してみると、自分でも驚く位に繋がっていた。その辺りを、いったんまとめておこうかな、と言う記事。そう言う訳で、記事中に沢山過去記事のリンクが登場しています。

目次

 

 ここではないどこか

「ここではないどこか」と言うキーワードは、色んな作品に使われている。さっき、グーグル検索してみたら、そう言うタイトルの曲名も複数あった。歌詞の中にも、良く使われている。自分がパッと思いつくのは映画「君の名は。」の中で使われていたRADWIMPSスパークルと言う曲。


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まどろみの中で 生温いコーラに

ここでないどこかを 夢見たよ

教室の窓の外に

電車に揺られ 運ばれる朝に

RADWIMPSスパークル

 映画「君の名は。」のテーマも「ここではない何処か」が含まれている。主人公の三葉は「田舎では無い何処か」へ行こうとして、瀧君は「このままの未来ではない何処か」を目指そうとした。

 スタジオジブリ鈴木敏夫プロデューサーが、「君の名は。」を臨死体験である」と表現していた。映画の中で、あの世へ行ったまま戻って来ない。ハッピーエンドのまま終わって、現実に戻る。それまでの新海誠作品では、「完全なハッピーエンド」と言うものがあまり無かった。それは、「視聴者を現実へ戻す為」と言う役割があったんじゃないかと思う。作品があまりに綺麗なまま終わってしまうと、見ている人はそこから出られずに現実へ戻ることになる。

 

 痛みと現実とハッピーエンド

 この前、感想を書いたブルージャイアントの10巻についても、同じことが言えるかもしれない。物語の最終巻、それまでずっと気持ち良いくらいに活躍を見てきた物語の一番最後に、痛みが残る。それは、前作の「岳」も同じだった。石塚先生にも、もしかしたらそう言う信念があるのかもしれない。

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 だけど、時代的に「現実と向き合う」と言う物語が受け入れられにくいみたいだ。鈴木プロデューサーも、シンゴジラ君の名は。を比べて語っていた。特に、きっと自分達みたいな若い世代は生まれた時から「未来が良くなる」と言う感覚のないままに育ってきた。だから、現実と向き合って終わる様な物語を、創作物でまで見たいと思わない人が多いのだと思う。

 

 迷いと向き合う、ということ

 以前に感想を書いた「マレ・サカチのたった一つの贈物」と言う小説では、物語のテーマそのものが「ここではない何処か」で、そして、現実と向き合っていく物語だけど、物凄く希望に満ちている。作者の王城先生の「今、これを書かないといけない」と言う想いがそのまま詰まっているかのように感じる。

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 そして、その後に出た「青の数学」では、現実と向き合った上で、「自分が、自分自身や才能とどう向き合っていくのか」と言うことを描いている。どちらも、特に青の数学は迷いに満ちた物語だけど、そこが好きだ。答えを持っている人よりも、問いを持ち続けている人の方が生きている感じがする。

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 「青の数学」の中に、こんな言葉が登場する。

 ー青春ってのは、何かを諦めるまでの季節のことだ。だから、終わった後にしか気づけない。終わったときに初めて気づく。自分が今まで青春の中にいたのだと。

(引用:青の数学)

 そう言えば、自分の好きな宮下奈都先生の小説は「諦め」と言うテーマが中心にある様に思った。青の数学の定義で言うなら、「青春の後の物語」だ。 

 

 諦めとやさしさ

 自分がこのブログを始めたのは、「宮下奈都先生の小説の感想を書いて残しておきたい」という理由からだった。そして、それは最初に達成してしまったのだけど、宮下先生の小説は一言で表すと「諦めの物語」だと思う。それは、悪い意味では無く、どちらかと言うと優しさを感じる。

 デビュー作の「静かな雨」も、その後の「よろこびの歌」も「羊と鋼の森」も。登場人物たちは、皆何かしらの諦めを抱えて生きている。「何かを諦めたということ」そのものが、人の心を形作る上で大切なのだと、優しく語っているように思える。

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 特に、「よろこびの歌」では6人の目線から物語を語っているけれど、「諦めたことから、キャラクターを作っているんじゃないだろうか」と言う位に、一人一人の弱い所が光っている。自分には何もないと思ったり、自分には無いものが相手に見えたり。だけど、その人も色んな事で悩んでいたり。

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 一人じゃない、ということ。

  思えば、そう言う色んな事、「問いや迷いそのもの」を伝えたくて、ブログを始めたのだと思う。ただ楽しいだけの物語よりも、一緒に問いや迷いを生きていける物語が好きだった。それはきっと伝わりにくいことだとは思うけれど、書いていく価値はあると思った。青の数学の中で、こんな言葉が出てくる。

 「戦っている、これが主観だ。同じ問題を同じ瞬間に解いている、これが現象だ」

 はい、と答えることもできない。 

 「この数日間の風景が、いつか君を救うだろう。夜の底で」

 きっとその通りだろう。

 栢山は思った。

 (引用:青の数学)

 自分は独りじゃない、と思うのは難しい。一人でいても、集団でいても、心持次第でいつでも一人になってしまう。だけど、皆何かに迷って、何かに向かっている。そう言う意味では、誰も一人じゃ無い。

 好きなバンPeople In The Boxの「翻訳機」と言う歌詞にも、そんなフレーズがある。

どこにだって友達はいるよ

誰も僕らを知らないけど

People In The Box - 翻訳機)


People In The Box「翻訳機」「聖者たち」MV

 

 空気公団

 前のブログは、「空気公団」という3人組のバンドをテーマに書いていた。空気公団は、徹底的に「今」だったり、「何気ない日常」だったりと向き合っている。自分が彼らのことを好きなのは、そこにブレが無いからだと思う。

 迷いも問いも含めて、やさしく目の前の事を描き続けている。そう言う音楽は他にあまり無くて、ずっと好きなバンドだ。


空気公団×ビデオSALON Linear PCM Recorder ZOOM H4n & Olympus LS-7

  そういう、些細な事を書いていたいのだと思う。些細なことで迷って、些細なことで元気になる。そして、誰だってそうだし、そう言う意味では誰も一人じゃない。

 これからも、色々と思ったままに書いていきたい。