あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

Vanessa Carltonに感じる切なさの正体と、年を取ること。

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  今回の記事は(いつもに増して)誰に向けてでもなく、今思ってることをただ書いていくというものなので、きっと読んでも良く分からないかと思うけど、全然OKです。備忘録として。残しておかないとマズいと思った。

Vanessa Carlton

 Vanessa Carltonはアメリカのシンガーソングライターで、ピアノ弾き語りのスタイルで知られる。A Thousand Milesという曲が世界中で大ヒットして有名になったのが2002年頃。が、それ以降は目立ったヒット曲はなく、大スターという感じではない。着実に活動を進めている感じ。自分が世界で一番好きなシンガー。

 その辺の話は、以前ここで一度書いたので良かったら目を通してもらえると嬉しい。頑張って書いたから、凄く長い。

asakara.hatenablog.com

 今回は、4thアルバム「Rabbits on the Run」以降のことで、思ったことがあるので勢いで書いてます。

 

Rabbits on the Run

 Vanessa Carltonの4thアルバム。3rdアルバムのHeroes&Thievesから4年も空いてのリリース。この時間の空き方はさておき、僕はリリース当時聴いて「最高!」とはならなかった。良いな、とは思ったものの「そっか、こっちに行くんだ」って思った記憶がある。

 

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 こちらは、彼女の3rdアルバムのリードトラック「Nolita Fairytale」のMV。冒頭見ると分かる通り、ピアノをぶっ壊してる。このMVの冒頭の流れって、大ヒットしたA Thousand MilesのMVの頭とそっくりなんだけど、そこでピアノを弾かずに壊すって言うのは、「今までの自分をぶっ壊す」って言う宣言にも聞こえる。

 その宣言通りというか、3rdアルバムは個人的に最高傑作だと思ってるけど、「殻を破った」かというと、そうではなかったと思う。リアルタイムで聴けていないから何とも言えないけど。

 1~3rdアルバムまでは、一繋がりというか、変化はしているけど大きく括ると同じイメージのアルバムだと思う。そして、その1~3rdアルバムを聴くと物凄い切なさを感じる。切ない曲が多い、という訳じゃない。そうじゃなくて、もっと根源的な何か。4th、5thアルバムを聴いても感じない切なさが最初の3枚には詰まっていて、それは何なのだろう?と最近思っていた。

 

切なさの正体

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 Rabbits on the Run収録の「Get Good」という曲。リリースされた2011年当時より、今の方が好きになっている。それは、7年経って感じられることが変わってきたからだと思う。

 4th、5thアルバムを聴くと、安心感というか、幸福感を覚える。幸せなんだろうな、って言うのが伝わってくる。そこに切なさはあるのかもしれないけど、それよりも安心感とか、幸福感の方が大きくて、ゆったりと聴けるアルバムだ。

 じゃあ、最初の3枚はどうだったのか。

 ここから先は個人的な思い入れとか推測も入ってるから、正確ではないかもしれないけど、その上で書いてみる。

 

 1stアルバム「Be Not Nobody」は途中でプロデューサーが変わったりしたけど、結果的に大ヒットして一躍スターに躍り出た。当時20歳の彼女の姿、特にピアノと体だけで表現する姿に力強さを感じる。

 2ndアルバムは2年後の2004年リリースで、レコード会社と色々あって、プロモーションが上手くいかず、1stと比べてあまり売れなかった。良いアルバムだけど。

 それから3rdアルバムが出るまで3年掛かっていて、その3年間で「次にどうするか」について必死に考えたのだと思う。それで出た結論が最高傑作ともいえる3rdアルバムで、2007年リリース。当時のVanessa Carltonは27歳。今の自分と同じくらいの年齢だ。確か、自分が出会ったのもこの頃だったと思う。本当に良い曲が詰まっていて、だから逆に言えば「これ以上は無い」って思える位の傑作だった。そして、本当にそれ以上が無かったのだと思う。

 4thアルバムはそこから4年掛かっている。最初に出た3枚は、聴けば聴くほど若さとか、勢いとか、衝動とか、命懸けで書いて演奏した曲なんだなって言うのが伝わってくる。実際どうか分からないけど、聴いていてハラハラするような感覚、「この子はこの先大丈夫なんだろうか?」みたいなことを感じてしまう。そして、それは4thアルバム以降無くなった。

 きっと、自分の思うポップソングを最初の3枚で書き切れたんじゃないかと思う。椎名林檎が3枚目のアルバムを出した後、東京事変を結成したみたいに。

 

若さと勢いと、あきらめ

 それを思ったのは、自分自身のことを振り返ったのも理由の一つだ。自分のやっているバンドの1stアルバム用の曲をほぼ録り終えて、それを振り返った時に「衝動」「全開」「勢い」みたいなものを感じた。少なくとも、今の自分はそういう曲を書きたいと思わない。もっと別の、少し違う方向へ行きたいと思っている。それは、今までやってきたことが間違っているから、という訳じゃなくて、それをやり切ったからこそ、もうここは良いって言う感覚があるから。

 もう一つ。People In The Box波多野裕文さんが、最近インスタグラムでアルバム「Kodomo Rengou」の全曲解説をしていた。その中の「報いの一日」という曲の紹介で、「自身が以前やろうとしたけど出来なかったことが6年掛かって成就した」と言っていて、それは6年経ったからこそ分かった事なのだと思う。当時は、きっと出来たと思ったんだ。だけど、時間が経つにつれて、本当はそうじゃないことが少しずつ見えて来た。

 Vanessa Carlton自身も、3枚目を作っている時点では何一つ間違っていないと思っていただろうし、それを作ることでその先へ行けると思っていたんじゃないかと推測する。だけど、そこが終点で別の所へ向かわなければいけないと分かってしまった。だから、4枚目までにすごく時間も空いたし、出来たアルバムには少し悟りというか、諦めというか、それまでにないような優しさを感じた。

 

青春の終わり

 きっと、僕が感じる切なさの正体はそこにあるのだと思う。格好つけた言い方をすれば、「青春の終わり」と言えるかもしれない。「青の数学」という小説の中で、「青春とは、何かを諦めるまでの季節のことだ」という言葉が出てくる。彼女が信じて歌い続けた一つの理想、音楽が3rdアルバム「Heroes&Thieves」で一度終わって、彼女の青春も一度そこで終わったんだ、という感じがする。

 僕の好きな空気公団や、宮下奈都先生の作品には「あきらめ」が大きなテーマとしてあるように感じる。それはネガティブなものではなくて、青春の終わりや、大人になったことを感じるということだ。若さ、衝動、勢い、全力、そういう何処までも突き抜けていく何かを一度通り過ぎると、元には戻れなくなる。似たような感覚になることは出来るけれど、それは元に戻ったわけじゃない。時間は有限だ。

 だからこそ。元に戻れないからこそ、そこに切なさがあって、いとおしく感じる。Vanessa Carltonの最初の3枚のアルバムを聴くと「そうか、この頃の彼女はもういなくなったんだ」っていう寂しさと、「大人になって、幸せになったんだなあ」っていう優しい気持ちが混ざり合った、不思議な感覚になる。そして、丁度3rdアルバムの頃の彼女と、今の自分が同じくらいの年齢になったことで、一層その気持ちがわかってしまうのかもしれない。「あの頃の自分はもういないんだな」って言う気持ちと、「だからこそ、この自分でやれることがある」っていう希望と。そういう物が相まってる。

 

 これから

 最近のVanessa Carltonはカバーソングをリリースし始めて、全部で6曲公開するらしい。6thアルバムも製作中とか?ちょっと分からないけど。 

 5thアルバム「Liberman」で、彼女の行きたい深淵、森の奥へはもう行ってしまえた感じがしたから、次のアルバムはどうなるんだろうなと期待してる。空気公団が「ダブル」で自由になり切って、次の「僕の心に街ができて」で原点へ戻ってきたみたく、もしかしたらまたポップソングを書いて歌うこともあるかもしれない、とふと思った。1stよりも力強いアルバムを。

 そして、自分のこと。今作ってるアルバムが終われば、次は5曲位のミニアルバムを作りたいとは思ってるけど、それ以上に「もっと外へ」って言う気持ちが強い。違うことをしたい。体が変化を求めてる。音楽が好きだなあと思う。

 

 そんな感じの勢いまかせの文章でした。それにしても、27歳であれを作ったのか。すごいなVanessa Carlton