あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

【音楽】聴いてくれる人がいること

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 休日に環境音を録音したり、歌ったりして思ったことなど。

環境音

 今日は休日だったので、朝からのんびり音楽のことを考えてた。

 空気公団のやってる、環境音を入れるって手法。あれを自分もやってみたくて、とりあえず窓から外の音を暫く録音してみた。

 近所に公園があって、そこで野球をする子供たちの声とか、ブランコの金管をカンカン叩く音とか、鳥の声とか、風の音とか。20分位録音して、後で聴き返したら、すごく落ち着く音になってた。よく、Youtubeの環境音聴いて落ち着いてるけど、自分でも簡単に作れて、手軽に落ち着ける良い方法。

 

 その後、環境音を録音しながら、その近くでピアノを弾いてみた。これも聴き返したら、それで1つの作品になってる感じがした。弾いてる音はシンプルだけど、街の音と合わさることで、全然表情が変わってる。というか、自分もその瞬間に、街の音、公園の音を聴きながら弾いてたから、その場に融けてる音が鳴ってる。

 その次は、ドラムの代わりに、家にある色んなもの、机とか、自分の足とか、を叩いて、リズムを作りながら歌う、って言うのを録音してみた。原始的な音楽ってこういうことじゃないか、という感じで。

 

 そういうのをやりながら、音って言うのは空気の振動で、自分は振動を感じられる方が好きなんだなって、改めて思った。ボーカロイドに興味をそそられなかったのは、多分そこが理由。PCから直に鳴ってる音って、空気の振動を通してないから、綺麗なんだけど、落ち着く音じゃない。あくまで、自分の感覚だけど。

 

 で、色々やりながら面白いのは面白いけど、「再現性が全くないな」と思った。それは良いことでもあるけど、メインの武器としては使いにくそう。People In The Boxの波多野さんが、「プレムジーク 9月/東京」って曲で近いことをやっていたけど、あれは1回だけしか使えない飛び道具的な曲だ。7分間、バラバラになる音を聴いてるのは楽しいけど、2回は出来ない。

 環境音って、自分の中で無条件に「好き」が発動してしまうから、楽なやり方なんだな、と思った。とても良いけど、楽に慣れない方が良い。

 

聴いてくれる人がいること

 そんなことを考えていたら、無性に歌が歌いたくなり、久しぶりにスマホで録りながら幾つか歌った。TwitterにもUPしてみた。

 Twitter、あまり呟いて無くて、忘れられてそうかもなーと思ってたけど、そこそこ反応してくれて嬉しかった。自分に足りないのは、「聴いてくれる人がいて、嬉しい」って感覚かもしれない。今まで、その感覚がすごく薄くて、「もっと凄くならなきゃ」って、それが結構苦しかったのかもな、と。

 自分が歌いたいまま歌った、ただのカバーで、少しだけど良いって思ってくれる人がいて、それは嬉しいことだ。

私の歌がすごいんじゃない。私の歌で誰かのどこかを揺さぶる。つまり、誰かのどこかに揺さぶられるものがある、ということに希望を感じる。胸が震える。

 

宮下奈都「よろこびの歌」

 よろこびの歌を、何度も思い出す。

 それで、「もっと身体的に」って思った。いつも頭で考えてしまう。だけど、本質は「歌いたいから歌う」で、それ以上でもそれ以下でもない。僕らも、何か理由があって歌ってる歌より、単純に歌いたいから歌ってる歌の方が、きっと心に響く。 

 もっと、考えずに歌いたい。その為には、やっぱり練習するしかない。考えなくても弾いて、歌える位に。

 今、イメージしてるのは、20~30人の前で歌ってる姿。密を避けたいとかじゃなくて、それ位が自然にイメージできる感じなのだと思う。

 偶然Twitterのフォロワーとか、Youtubeの登録者の方の数もそんな感じだから、その人たちが聴いて、良いなーって思ったり、心が落ち着くような歌を歌いたい。

 

People In The Boxと優しさ

 People In The Boxの優しさ、というか波多野裕文さんの描く優しさって、一周した優しさで、美しくて、それが響く人が好きだ。良いと思う。ある程度暗い所を潜り抜けて、今生きてるんだなって。自分もそうだから。

 それを否定ではないけど、乗り越えよう、みたいなことを思ったことはあった。けど、乗り越えなくていい。その美しさが分かるって貴重なことだし、僕らが居ないと、その美しさも存在しなくなる。

 そんなことも思った。だって、歌ってて単純に曲が良い。

 

 そんな感じで、まとまらないけど、とにかくもっと考えずに歌いたい。上手くなりたいけど、上手くなりたいのは、考えずに歌う為。

 

 それでは!