王城夕紀 「マレ・サカチのたったひとつの贈物」感想。 これは希望の物語だ。
王城夕紀先生の「マレ・サカチのたったひとつの贈物」という小説を読みました。
「青の数学」より前に書かれているものだけど、青の数学以上に「これを書かなきゃ」って言う意志を感じる。
人には、特に創作者には、「誰が何と言おうがこれを書かないと、作らないと、描かないといけない」って感じる瞬間があると思う。それは、「誰かを喜ばせよう」とか、そういう次元を超えて、とにかくやらなければ先に進めないということ。何か、そう言うものを感じた。「青の数学」は、それよりはもっと面白さとか、考えている部分があって、一度ここで言いたい事を一旦吐き出せたから先へ行けたのかな、と思った。
ざっくり感想を書いていきます。
目次
マレ・サカチのたったひとつの贈物
あらすじ
「量子病」と言う、肉体が自分の意志とは関係なく世界中を飛び回ってしまう病に侵された女性、坂知稀。いつ、何処へ飛ぶのかも分からず、「身に付けた青い物」以外は自らと一緒に飛ぶことが出来ない。人生を積み重ねることのできない彼女は、行く先々で自らの存在理由を問い、考え続ける。そして、ある答えを導き出す。
出会いと別れ
量子病と言う病そのものが、出会いと別れの象徴のような存在で、この物語も「生きて、出会って、別れ、また出会う」ことを描き続けている。
量子は観測されるまでは波の様な性質を持ちながら、観測された途端に粒子の様に振る舞う。それ単体ではあやふやな波でありながら、「誰かに観測されること」でかろうじて形を保っている。私たちも、それと似た様なものだ。
「いつも、これで最後の別れになるんじゃないかと思ってしまうよ」
彼女は、またおどけて微笑む。
「いつだって、どの別れだって、みんなそうじゃない?」
「なぜ、死ぬの?」
(中略)
「いるだけでは、この世界に許されているとは言えない」
「ではどうなればいいの?」
「この都市には、何もかもある。何もかもあるから、もう何もできないように思える」
怯えて生きるか、楽しく生きるか。
たとえ今日死ぬと知っていても、選ぶことはできる。
「もう一度会いたいと思う人がいる限り、人は生きてゆけるわ」
「どこにいても、ここじゃない、と思っていた。子供の頃から。それで旅に出た。でも、どこに行っても、着けばここじゃない、とまた自分の中の何かが言う。いつも衝動に駆られている。ここじゃないどこかに行きたい、って。でも、どこにいても満たされない」
(中略)
「何かを探しているのかも、しれない」
「何を?」彼女は尋ねる。
「分からない。何だろうな」中国系の顔で、男は苦笑する。
「人の役に立っている、という実感ですか」なるほどなるほど、と僧はバター茶を啜る。がたがた、と窓が風に鳴る。「このような峻厳な場所で暮らしていると、周りに人がいるだけでほっとする。夜の闇の中で、暴風が石までも揺らす中で、隣の暗闇に人がいる。ただそこにいる。それだけでもありがたい」
(中略)
「私は、貴方が現れてくれて、嬉しかったが」
「どんな経験をするかは、普通の人だって選べない。人生は、事故のようなもの。私だってウォールストリートの王子と結婚する予定だった」うふふ、と緑の女性は笑う。
「でも、事故のような経験から、意味を見つけて、どう生きるかを選んでいくのが、人生でしょう?」
彼女は、その声に耳を澄ます。
「行きなさい。抗っちゃダメ。流れなさい。できれば、楽しみなさい。そしていつか、貴方が見てきたもの、貴方だけが見てきたもので、新しい選択をするの」
「靴は、出掛けてゆく人のためにある」
老妻は、言う。
「靴は、これから何かに出会う人のためにある」
自らの手にあるそれは、出掛けるその時を静かに待つ、世界で一番美しい靴に見えた。
「貴方は何に出会えるんでしょうね。いつか、出会えるといいわね」
世界規模の出来事に巻き込まれながら、同時にそれと遠く離れた環境の人々とも出会い、別れていく。文章も構成も、敢えてその流れに巻き込まれるような書き方をしていると思う。時々、「良く分からない」と思ったら多分それは正しい。彼女にも、物語の世界の誰も良く分かっていない。
「何ひとつ確かなことなんてない、って誰もが分かっていると思うんだよな。真剣に生きているならば」
青の数学2の言葉を思い出した。
考えた所で、良く分からない。分からなくても、進まないといけない。
出会い、別れ、何も出来ず、傷ついても、また誰かと出会う。何処まで行ってもそれを繰り返す。才能とは呪いの様なもの。彼女は自分の意志と関係なく飛び立ってしまうけれど、私たちも自分の意志と関係なく誰かと出会う。
じっとしてはいられない。それは人にかけられた呪いなのかもしれない。
だとしたら、もう諦めるしかない。出会って、別れてを繰り返して生きていくしかない。それは、誰しもにかけられた呪いであり、希望でもある。どれだけ別れを繰り返そうと、また出会う。
「出会っちゃったから、どうしようもないわ」
それでは。
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