あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(2) - 原千夏(カレーうどん)

f:id:noame:20170330190510j:plain

 

前回に引き続き、宮下奈都さん「よろこびの歌」の感想です。今回もネタバレ気味で書いていきます。

目次

 

 原千夏

御木元玲と並んで、もう一人の主人公みたいな存在。うどん屋の娘で、雨の日でも往復2時間の自転車通学をしていて、御木元玲の母親でバイオリニストの御木元響に憧れている。弟が一人。

 

かわいい

今回の感想はこれで終了して良いのでは無いだろうか、と言う位に可愛いです。宮下奈都さんが本格的に男を殺しにかかっています。ちなみに、東京に住んでる妹も同意見だったので、女子にも好かれる模様。すごいぞ原ちゃん。

 

真っ直ぐ

玲がそうだったように、誰もがそうあるように千夏も何かを諦めてきた。それは例えば、小さい頃にサンタにグランドピアノを頼んだら、ミニチュアのピアノが届いたこととか。

 

「うわあ、いいなあ、お姉ちゃんのピアノ、いいなあ」

弟は心底羨ましそうな顔をした。私はふたつのことを悟った。ひとつは、サンタが存在しないということ。もうひとつは、いつまでも落胆した顔を見せていてはいけないということ。

 小さい頃には分からない事が段々と分かる様になる。自分の家の当たり前と他の家のそれとは違う。何不自由なく暮らせていても、何でも出来るわけではないことが分かる様になる。誰もがそうやって大人になる。

 

一杯六百円かそこらのうどんや丼を出してレジに入る百円玉。それを集めて私たち家族四人は暮らしている。ピアノが買える訳はちょっとないだろう。

 だけど、「よろこびの歌」に出てくる6人の中で一番真っ直ぐで、一番光っている様に見える。本人がそれと気付かないような描き方がされていて、すごい。宮下奈都さんは6人の視点を通して、一人では見えないものを描こうとしたのかな、と思う。それは見事に成立していて、それでいて一つの物語として繋がっている。

 

真っ直ぐなことはそれだけで力があると思う。本人は気付かなくても、そうでない、例えば自分みたいな人から見るとその歩く姿だけで涙が出そうになる。

 

 御木元響と御木元玲

千夏にとってのあこがれの人が、玲の母親でバイオリニストの御木元響で、それこそ、雲の上の人の様な憧れを抱いている。

 

 寝たことはないけれど、雲のベッドってたぶんこんな感じなんじゃないのかな。天国だとか雲だとか、自分でもおかしい。でも他に喩える言葉を知らなくて、御木元響が好きだとは誰にもいえなかった。

 明泉高校。玲が「多くのことをあきらめてしまってここにいる」と言う様に、千夏も他の皆も何かを諦めて、ここにいる。その中に、御木元響の娘がいるなんて考えもしなかったけれど。

 

あの御木元響から生まれて育った人がいる。そんな人間がすぐそばに存在することを認めたら、私は自分が今よりももっとちっぽけな蟻か薄羽蜻蛉か何かそんなようなものにならなくてはいけない気がした。

バイオリニストの娘がいて、うどん屋の娘がいる。そこには、決して届かない隔たりがあると千夏は思っている。与えられたものがあって、与えられなかったものがある。

 

いずれにせよ、ひとりを好む人、ひとりでも平気そうな人を見ると、しあわせな人だと思う。自分に自信があって、人からどう見られようと自分は自分だと思えるだけの根拠があるのだろう。強い人だともいえるけれど、それより、恵まれた人だ。ほんとうにひとりになってしまう恐怖に打ち勝つことのできる何かを、きっと彼女は持っている。

他人から自分がどう見えているか分からないように、自分が他人からどう見えているのかも分からない。玲が一人でいるのは諦めと仮面のせいで、自分でそこに誇れるようなものは感じていない筈で。

 

ピアノと歌

玲のエピソードで、合唱コンクールの時に千夏をピアノに指名している。「時々音楽室でうれしそうにピアノを弾いているのを見かけた」という理由だった。でも、本当にうれしそうに弾いているだけで、弾けるわけじゃ無かった。

 

楽譜は指で辿ればなんとか読める程度、ピアノの弾き方はまったくの自己流で、それでもじゅうぶん楽しかった。小さな声で旋律を口ずさむと、ピアノと歌との間に別の旋律が生まれて弾けた。この時間があれば何もかもちゃらな気がした。

 与えられなかったピアノ。楽しく弾いていただけのこと。それが、合唱コンクールと、その先へ繋がっていく。大体、何かが上手く行く時はそんなもので。

 

自分で、その時何がどうなって上手く行ったのかは良く分からない。スティーブジョブズが、「点と点を結べるのは、後になってからだ」と大学の卒業講演で言っていたように、ピアノが与えられなかったことも、そのコンプレックスで明泉高校へ行ったことも、家にピアノが無いから学校で時々弾いていた事も、後から繋げる事は出来るけれど、その時に何か意味があるかなんて分からない。

 

その後のマラソン大会で、千夏が何気なく歌った歌が、玲を変えて、皆を変えて物語を動かしていく。何かを変えようとした訳じゃない。点の意味は後からじゃないと分からない。

 

 カレーうどん

思い出した。私は父のうどんが大好きだった。どこで何を食べても、父のうどんが世界一だと信じていた。今でも信じている。だからこうして毎日店に出られる。

 

与えられたものがあって、与えられなかったものがある。バイオリニストの娘も居れば、うどん屋の娘もいる。本当は、誰でも沢山のものを持っている。だけど、その多くが自分の目から見えない。例えば、玲は「千夏に、勝てない」「あんな歌は私には歌えない」とさえ言っている。一番大切なことは、自分から一番見えにくかったりする。

 

 

物語の2話目。2つ目の視点。よろこびの歌は2回読み直してるけれど、今回また読み返して改めてすげーなと思ってます。眩しい。この前見に行った吹奏楽の演奏と同じくらい眩しい。

 

 続きます。

・宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(3) - 中溝早希(No.1)

 

それでは。

 

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

 
終わらない歌 (実業之日本社文庫)

終わらない歌 (実業之日本社文庫)