あさから。

本の感想、音楽の話、思ったことなど。

新しくなること。

最近、色んなことが壊れて、新しくなって、続いてる。

Youtube

 Youtubeで弾き語り(厳密には弾き語りじゃないのも半分くらいあるけれど)のチャンネルをやっていて、特にコロナ禍2020年の4月頃から更新を多くするようになった。

 マイペースな投稿だけど、中には1000回以上再生されたカバーもあり、コメントも色々貰ったりして嬉しかった。Twitterと同じ位、自分の表現したいことを乗せられるプラットフォームがあるのは嬉しいと思った。

 が、そのチャンネル、と言うかGoogleアカウント事消滅してしまう、という事があった。

 詳しいことは省くけれど、9割自分が悪い。最初はショックだったけど、UPしてた音源も動画も手元に全部あるので、これを機にもう一回コンセプトと言うか、自分はどういうチャンネルにしたいんだろう?ってことを考えようって思った。改めて。

 

 好きな曲のカバーを思い付いた時にする、と言うのがそれまでだったけれど、色々投稿していく中で、自分が思っても無かったような感想を貰うことがあった。静かに歌ってみたら、「寂し気な感じ」「よく眠れる」だったり、ピアノの旋律を「村に雪が降ってくる感じ(英語のコメントなので正確か微妙)」とか、声に対して、「安心する、落ち着く」などなど。

 

安心と祈り

 それで、自分がいつも歌を歌う時、歌いたくなる時、心が落ち付いている。文字の通り、下の方に落ちている感じ。気分が暗い、とも違って、お腹の辺りに落ちている感じと言うか。安心とか、祈りの感覚に近いと思った。自分なりに何か祈ろうとしたら、それは歌うことになるのだと思う。

 そんなことを考えて、夜に聴いてよく眠れるようなYoutubeにしたいと思った。「ほがら朗読堂」って朗読チャンネルが大好きで、夜聴くと凄く安心するのだけど、あんなふうになれたら良いなって思った。

 

壊れても

 他にも色んなものが壊れたり、新しくなったりしてた。

 自分のカバーする上での考え方も、「原曲に敬意は払いつつ、そのまま歌うのではなくて、聴いて感じたことをアウトプットする」って考え方になっていった。

 それは、コード進行・メロディ・構成なんかも、自分の感じ方次第では変え得るという事。今まで、特に好きなバンドの曲ではそれに抵抗があったけど、自分に許しを出せた感じがする。

 自分に許しを与えて、肩の荷が下りた感覚がある。Youtubeアカウントが残ってたら、多分もっと先になったと思う。

 

 そういえば。

 壊れる、許す、で思い出したのが、自分の未完成曲。「壊れても」という曲で、サウンドクラウドに1コーラス分あるのだけど。

昨日までも これからも

変わることを

知らず知らずに

許されていた 僕は

許せなかった 僕を

まだ、ここで生かしていて

という歌詞があり、

曲の終わりに「壊れても良いんだよ、良いってことにしておこう」って自分を許すような歌。

 

 歌詞を書いた後、自分で「何で壊れても良いんだろう?」ってずっと思ってた。

 結構歌詞を書いた後に自分で疑問に思う事はよくあって、「疑問に思うんだけど、これで正しいって言う確信がある」という、不思議な状態。

 それが、今になって分かる気がした。 

 壊れても良いんだって、壊れても、大丈夫なんだなって、腑に落ちた感じがした。

 

 そんな感じで、2022年後半に向けて、もっと祈るように歌いたいと思った。