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宮下奈都 「よろこびの歌」 感想(3) - 中溝早希(No.1)

 

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一昨日、昨日に引き続いて宮下奈都さんの「よろこびの歌」の感想、3回目です。

目次

 

中溝早希 

余生

 十六にして余生だ。

 そんな一言から始まる第三話。

 

私だけが余生を送っているわけではない、とも思う。

(中略)彼女たちには、飛びあがるほどうれしいことも、心臓が張り裂けそうなことも、目の前が真っ暗になるようなことも、これから先に待っているのだろう。

 玲と同じく、早希も諦めの最中にいる。玲は音大の附属高校に落ちたけれど、早希は肩を壊した。ソフトボール部のエースだった。玲は才能に対しての諦めだったけれど、早希のそれはもっと残酷なことだ。ボーカリストの声が出なくなるような、ピアニストの指が動かなくなるような。

 

ソフトボールの強豪校に推薦が決まっていたのを辞退し、縁もゆかりもない新設校の明泉女子高校に入学した。それからの人生は私の余生だ。

 

ぐるぐる 

 思いだしたくないのは、余生だと悟るまでのぐるぐるやどろどろだ。吐き気がしそうになる。色んな人を恨んで、泣いて、怒って、一生分の嫌な感情を使い果たしたと思う。

(中略)負を持たないためには強い正も持たないようにする。正が強すぎると、振り子のように大きく振れて負に飛び込んでしまうのだと身をもって知ったからだ。

 単純に比較できるものでもないけれど、早希の経験した諦めが6人の中で一番強烈だったと思う。15歳で、ほとんどソフトボールしかやってこなかった少女で、チームの期待を背負ったエースで、肩が壊れた。それまで捧げてきた情熱とか、そこから貰った希望とか、そう言うものが大きすぎて、一度にそれを全部失くしたらどれ位辛くて苦しいのか、想像してもそれの遥かに上を行くと思う。

 

それを治める方法が「期待しないこと」だった。自分の人生のプラスもマイナスも全て使い切ったから、これから先は何も無い代わりに、痛みも苦しみも無い。それが余生。

 

玲と千夏

合唱コンクール以来、千夏は玲に歌を習っていた。1話目、2話目で描かれた諦めは、本の少しだけ前に進んでいて、それが眩しく見える人をイラつかせることもある。

 

「だからさ、自分でも練習して、もしちゃんと歌えるようになったら、合唱部に入ろうかなって」

照れくさそうに千夏はちょっと俯いた。(中略)楽譜が読めないというのがほんとうだとしたら、ずいぶん勇気が要ったことだろう。同級生に初歩から歌を習うなんて。これから合唱部に入ろうなんて。そういう気持ち、すごいと思う。余生じゃないんだ。

 自分が前に進めない時、そうしている人を見たら二つのことを思う。「勇気」と「焦り」。色んな人(例えば玲とか)を見てイライラしていた早希が、千夏に対しては呆れる位に素直に感動してしまった。

 

人が自分の限界を越えようとする姿は、他の人を感動させてしまうらしい。それは、自分にとっての限界で良くて、強ければ強いなりの、弱ければ弱いなりの限界を超えればいい。弾けないピアノを弾いて、声を裏返していた千夏が同級生に歌を習って、2年の冬なのに、これから合唱部に入ろうと言っている。どれだけ小さくても、むしろ小さかったからこそ、その自分の限界を越えようとする姿は輝いて見えた。とりわけ、「4番でエース」だった、強い自分から見たら。

 

今も現役でぐるぐるどろどろがつがつしている人が、なんだか光って見える。自分は降りてしまったはずなのに、そういう人の匂いを嗅ぎ分けてはむかついていた。

認めなくてはいけない。余生ではない、本道を生きている人に嫉妬していたことを。

 何処からが物語の始まりだったのかは分からない。でも、玲と千夏があきらめから一歩踏み出したおかげで、早希も自分の本心に気づくことが出来た。

 

 自分のため 誰かのため

 でも。自分のためにやるソフトボールはもういい。紗理奈のために何かできるんじゃないか。たとえば紗理奈が誰か他の人のためにマネジャーをやるように、そしてそれがきっと紗理奈のためでもあるように。

玲と千夏の姿を見て、 中学の時の同級生のことを思い出していた。肩を壊してからずっと、自分を気にかけてくれる人を拒絶して、自分の事ばかり考えていた。だけど、だからこそ苦しくなっていったのではないか。そんな事を考えてみる。

 

「試合はますますわからなくなってきました」

声に出していってみる。

 わからないことが続く。分からなくても続く。

 

No.1

 「早希はソフトボールに熱中できたんだから、きっと次が来る。ひとつのことに熱中できる人は他のことにも熱中できるんだよ。ソフトボールでそういう素地をつくってきたんじゃない」

「・・・・・・それは無理っぽいなあ」

ソフトボールだから夢中になれた。あんなふうに夢中になれることなんてもうない。

(中略)

私のほんとうのNo.1とはこれから人生のどこかで出会うのだろうか。

 

 ぐるぐるは続く。答えが出ないまま続く。だけど、誰かの動かした物語に誰かが動かされて、また誰かが動かされて、そうやって続いていく。

 

千夏がクリスマスにミニチュアのピアノを貰ったから、早希がほんの少し動かされたのかもしれない。何がどうなるのかは分からない。壊した肩が、誰かを救うのかもしれない。3年後を描いた「終わらない歌」では、ここで描かれた早希がどんな決断をして、どう進んだのかが描かれている。それはまた、「終わらない歌」の時に書く事にする。

 

 続きます。

・宮下奈都「よろこびの歌」 感想 (4) - 牧野史香(サンダーロード)

 

それでは。

 

よろこびの歌 (実業之日本社文庫)

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終わらない歌 (実業之日本社文庫)

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